第五話


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第五話 戦争で失ったもの

 高野山から帰札して、一週間後、注文していた、仏像三体が慎也の実家に送られてきた。真言宗信徒が一般に仏壇にお祭りする、大日如来、不動明王、弘法大師の三体である。最初は慎也の勉強部屋に祭壇を作ってお祭りする予定だったが、色々と親子で押し問答した結果、慎也は別棟である元の郵便局舎に住むことになり、その二階の押入れに祭壇を作ることとなった。さらに慎也が家の商売を手伝う場合の新しい事業や善信和尚の宗教事業についても、ぼちぼちと計画が練られ始めていた。慎也はとりあえず叔父の経営する建築会社に席を置き、温泉熱利用や冬の雪対策、温室栽培等の新規事業にアイディアを創出する仕事をまかされる方向が固まりつつあった。旧郵便局舎に父が碁会所を開く案も出ていた。また、一方で一家で所有する牛の姿をした標高500mほどの山に祠を置き、植樹を行って池を作ったり、散策路を作ったりして聖地にしてゆく宗教職の強い事業について、善信和尚の指示によって計画が練り始められていた。善信和尚はここを「東の高野山」にする夢を語り始めていた。それらの事業の芽生えと同時に、慎也の実家や叔父の家に祠が建立されて毎月の縁日も決められた。こうして、年も明けた昭和六十年から、徐々に高野山の弘法大師と高野一族とのご縁が芽生え始めたのである。

 仏壇が出来上がって、慎也は毎朝「理趣経」を上げるように指示された。光明真言や、不動明王の真言も授けられ、不動明王の印(指の形)も伝授された。こうして読経の習慣とともに、慎也は家の商売のために活動を始めたのであるが、三ヶ月くらいした頃であろうか。悪夢にうなされることが度々起こり始めたのである。喉が渇くのと、心身とも消耗し疲れ果てた中で性欲の渇望に悩まされ、さらに体中が熱くてたまらないということをたびたび体験した。善信和尚は、一家に南方で餓死した独身青年がいることをはっきりと啓示し、それは事実であった。父の兄が先の太平洋戦争で南方の孤島で餓死しているのである。それも慎也と同じ、独身の二十六歳であった。

 以下略(近年中に書籍にて出版致します。)

注;登場人物は仮称ですが、歴史的に有名な偉人は本名を用いております。