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第三話 高野聖の慈悲

 南山善信和尚は、和歌山の人である。実家は南北朝時代から続いた材木商で、長男が家督を継ぎ、次男の和尚は、十二歳の時に高野山清浄心院の高僧中山善慶阿闍梨を師匠として入道し、修行してきた。齢は六十を超えているが独身で、肉食もしない、頭はつるつる、毎朝六時から読経している、まさに修行僧である。家庭を持ち、髪を伸ばし、幼稚園や不動産業を営んで巨富を築いている、いわゆる葬儀を司る、世間によくいる僧侶というイメージとはかけ離れた存在である。高野山の僧侶は、長い歴史の中で、学侶、行人、聖という三つの分類がなされてきたが、善信和尚は明らかに「高野聖」である。しかも、その師匠の中山善慶阿闍梨は、高野山の事務管理の最高職である「検校職」を歴任し、今は座主に次ぐ「前官」という立場にある、高野山最高の名僧であり、人間国宝にもなっている。一方で、現代では妻帯する僧侶の多い高野山において、「女人禁制」以来の伝統を守って、生涯不犯、肉食禁止を貫き通した、本物の真言密教の伝承者として、猊下の称号をもって崇拝されている方であらせられるのだ。天皇には陛下という称号をつけ、高野山密教の伝承者には猊下という称号をつけるが、真言密教においては、嵯峨天皇の嫡子が空海の弟子になっていることから、猊下は陛下を越えた存在であるのだ。それほどまでに高貴な法脈につながるお方が、今慎也の眼前で、にこにこと笑いながら、挨拶しているのだ。

 中略 (近年中に書籍にて出版致します。)

 「高野山に連れて行ってくださることは大変光栄ですが、髪をそり丸坊主になることはご勘弁ください。また、これからの一生、女性と恋をできないということも不可能です。」慎也は正直に師匠に訴えた。しかし師匠は以外にも、あっさりとそれらすべての慎也の訴えを許した。「得度と言っても、髪の毛を数本切って、弘法大師の御廟に献上するだけのことだし、戒律と言っても、人を殺すなとか、人のものを盗むな、うそをつくな、等々、ごくごく常識的なことを誓うだけじゃよ。お酒については、般若湯と言って、一杯の酒を健康のために飲むことを弘法大師は認めていらっしゃるのだよ。もちろん、恋もしても良いし、結婚しても良いのじゃよ。いやいや、むしろ高野山から帰ったら、心優しい女性を紹介してあげよう。」この最後の一言が、慎也に入道を決心させる決定的な言葉となった。師匠の善信にとってはある種の方便であるのだろうが、今の慎也にとっては切実な問題なのである。実際、何でも話相手になってくれる女性との出会いは、高野山に登る以前に、師匠が場を設定してくれた。そんなひとつひとつの師匠の配慮が、慎也の心をどんどんと開放し、弘法大師へのあこがれを強めてきたのである。

 真言宗の毎日の勤行で読まれる「理趣経」には、セックスを菩薩の境地としてたとえる描写が、綿々と綴られている。密教は欲望を肯定するということを本で読んだこともある。それでいて、密教の修行を極めた師匠は、あらゆる欲望を超越しているのである。いったい師匠の持っている安心感はどこからくるのだろう。何でも許してくれることがかえって、慎也に密教の不思議さと深遠さを印象づけている。とにかく理解できないということが、面白くもあり、また不安である。特に自分の職業とか結婚とかいう具体的なイメージに、師匠の姿を重ねると、やはり今のうちに辞めておいた方が良いのでは、という気持ちに戻ってしまう。今の慎也はそんな揺れ動く日々を送っているのである。

 ふと気がつくと、南海電車はすでに相当な山奥を走っているようである。周囲にそびえる山並みを覆って茂る杉林に、薄っすらと霧がかかっている風景は、神聖な領域に自分が立ち入りつつあることを十分納得させてくれる。「ああ、ついにおれは北海道四代目として、日本人の魂の聖地に踏み入ったのだ。」そんな思いとともに、この一年の間体験したことを振り返って、自分の今までの人生観がいかに矮小で、自分が日本人として無智に育ってきたことを痛感してしまうのである。うたた寝から目覚め、ひとり想いにふけっている慎也に、善信和尚は語りかけた。

中略(近年中に書籍にて出版致します。)

 職業的に葬儀に関わるとか、頭を丸めるとか、宗派がどうだとか、性欲の否定だとか肯定だとか、古臭い平安仏教だとか、そんな偏狭な価値観では図りきれない、生命の原理そのものを、密教は説いているのである。電車がお大師さんの禅定されている高野山に近づくように、自分の心が密教の世界に近づいていることに、慎也はある種の感動を覚えていた。

注;登場人物は仮称ですが、歴史的に有名な偉人は本名を用いております。