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「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば我が願いも尽きなん」

前回の法話「虚しく往きて実ちて帰る」を読んでいただいて ありがとう!
今週も弘法大師のお言葉を皆様にお届け致します。

仏教や他の色々な宗教は人間の幸福を求めて多くの教えを広めていますが、
戦争や人殺し、家庭内暴力、いじめを始め、私たちの身の回りの憎悪や嫉妬、裏切り、挫折等々、
多くの問題を解決できないのはなぜなのでしょうか?
宗教や倫理観を持つことはどんな意味を為しているのでしょうか?

弘法大師は、悪と善、悩みと悟り、不幸と幸福等の人間の好不調を、
対立したものとして分け隔てることはしませんでした。
悪があるから善があり、悩みがあるから悟りがあり、不幸があるから幸福があるのです。
どちらかだけを都合よく取り出すことはできんません。
そういう人間の苦悩の存在と宗教が存在することは同じことなのです。
それは生命の営みの原理ですから......。

お大師さんが

「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば我が願いも尽きん」

と言ったのはそういうことで、

「私の願いは世界宇宙がなくなるまで、そこに住む生命(人間)がなくなるまで、
そして人間がすべて悟りに到達するまで、無くなることはない」


ということです。

すなわちその願いは未来永劫に無くなることは無いと言い放ったのです。
私たちが生命として生まれた以上避けて通れない病気、老い、そして死....。
そういう苦しみがある限り、この世の恩に触れ感謝する心も無くなることは決してありません。
だから宗教心は人間の存在の本質そのものであるのです。

これまで何件かの人生相談を受け、拙文ながらお応えのメールをお送りして参っていますが、
そうしたお大師さんのお心が私の手を指をそして心を動かしているような気がしてなりません。

合掌

南無大師遍照金剛

1999年10月21日 高野山真言宗 権教師 岩本欣善