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「高野山に永遠に生き続ける弘法大師様」

皆様は、和歌山県南の山奥に高野山があり、
弘法大師様がいまだ入定(座禅)したままでいらしゃることをご存知ですか?

ありがたや高野(たかの)の山の岩かげに大師はいまだ在(おわ)しますなる
お大師様は弘仁七年(816年)、四十三歳の時、
嵯峨天皇より高野山を開くをことを許されて、
七里四方の山を真言密教護法の根本道場とされました。
そして四国讃岐の満濃池の構築をわずか四十五日で完成されたり、
我が国最初の民衆学校「綜芸種智院」を開設されるなど多くの社会的業績を挙げられ、
承和二年(835年)三月二十一日、
「虚空尽き、衆生尽き、涅槃尽きなば我が願いも尽きなん」(法話第2話)
との御誓願のもと、高野山に後入滅さられました。

真言密教では、お大師様は永遠に生きてわたしたちを見守っていらっしゃると信じておりますから、
これを「入定」(永遠の座禅)と解釈しております。

わたくしが最初に高野山に参内したのは昭和59年11月です。
寺の宿坊に宿泊して、翌日得度式を挙げていただきました。
その時の第一印象は、

「皆が和服を来ている、建物は和式、食事はお膳の精進料理、
テレビのない世界、まるでタイムワープしたみたい。」
でした。

この地は弘法大師様が生き続けている永遠に変わらぬ世界なのです。
最近は観光客が増え、近代的な宿泊施設も建ち始めています。
高野山は万人に開放された聖地です。
日本人の心のふるさとと言ってもいいでしょう。
むかしの人は、一生に一度でいいから高野山の土を踏んで死にたいと願いました。
ぜひ、この地での一晩を体験してみてくださいませ。
「高野の昼寝」といいまして、高野山で朝早くの勤行の後、
奥の院の弘法大師様をお参りし、昼食も済むと眠くなってきます。
そこで10分でも眠る昼寝は、俗世で1週間も休養した気分になるといわれています。
また、それぞれの悩みや苦しみを解決する答えが必ず与えられます。

「虚しく往きて実ちて帰る」ことができるのです。(法話第1話)

ああ、ありがたや、すべてはお大師様のお陰なのです。

南無大師遍照金剛

合掌

2000年2月21日 高野山真言宗 権教師 岩本欣善